「…なぁ、何でだか判るか?」 なんて鈍いんだろう、と思いながらストローで無くなりかけのコーラを啜る。 5 謝辞 「おい、日吉」 「日吉ー」 「日ー吉っ」 「ひよし〜」 「若ー!」 「日吉君」 「日吉!」 日吉若少年は悩んでいた。否悩まされていた。何に、と云うと、部活の先輩や仲間にだ。 何故かやたらと呼び止められる。何故かやたらと触られる。何故か自分を中心に喧嘩が始まる。 判らない。何故そこまで自分に構うのか。自分と居ると何かある訳でもないというのに。 寧ろ疲れる。自分が。 こうも毎日続くと溜め息しか出てこない。 「――と、いう訳なんだけど。…なぁ、何でだか判るか?」 神尾アキラ少年は思った。なんて鈍いんだろう、と。空になった紙コップがズルズルと音を立てる。 夕方のファーストフード店内は学校帰りの生徒達で賑わっている。その中でもブレザーと学ランという組み合わせは否が応にも目立った。 日吉は一息つく為にガムシロップを入れた後1度も口をつけていなかったアイスティーを飲んだ。紅茶の味がせずただ甘い。暫らくそのままにしていた所為かガムシロップが底に溜まってしまったようだ。 「…そんなの、オマエが好きだからだろ」 頬杖をつきながら、まだ冷めきっていないナゲットを半分齧った神尾は云った。 まさか気づいていないというのだろうか、目の前の少年は。 「判ってる、それは」 意外、という顔をする神尾に日吉はムッとしてみせながらストローでアイスティーを掻き回していた。紙コップに氷が当たる音がする。 それはつまり。神尾は日吉が云わんとしている事を理解した。 『何故好かれているのか』 ではなく、 『何故自分なのか』 そう云いたいのだろう。 神尾は唸りながら口の中のモノを飲み下し、残しのナゲットを放り込む。 だがしかし。神尾の思考が動き出す。 日吉はまだ気づいていない事がある。それは常に自分が貞操の危機に瀕しているという事だ。今はまだ互いに牽制し合っているようだが、いつ誰がどんな行動を取るかなんて判ったものではない。 こんな時、同じ学校だったらどんなに良かったのだろう。思った所で無駄だという事は明白なのだが。 それは日吉の云う先輩や仲間と同じ想いを秘めた者として、何とも歯痒い状況だ。 「そりゃ日吉はさ、目つき悪りぃし口も悪ぃし変なプレイスタイルだし、しかもそれで1年に負けてるしキノコだけどさ」 「…おい」 残り少ないポテトを抓みながら日吉は神尾を睨む。神尾は気に留めず指先で箱の中でナゲットを弄んだ。 悪気がある訳ではない事位解るのだが、改めて云われてしまうと誰も良い気はしないだろう。 「でも口じゃ何だかんだ云いながら付き合い良いし、目つき悪りぃのはちょっと近視なだけだし、顔だってよく見りゃ可愛いし」 「お、おい」 唐突に捲し立てる神尾に日吉は僅かに動揺した。ガムシロップが混ざりきったアイスティーを飲みながら、なんだそれは、と云いたげに神尾を見つめた。 男に向かって“可愛い”とは何だ。 そういう神尾だって自分から見れば可愛い顔しているではないか。 「跡部達が好きになるの、判るよ」 目線を明後日の方向にして、独り言のように呟く。 「俺も、好きだし」 「…なんか云ったか?」 「何も」 しかしそれは周りの騒がしさに埋もれて、日吉の耳には届かなかったようだ。 日吉のアイスティーは既に半分を切っていた。 ファーストフード店を出て、少年達は帰路に着く為改札に向かった。勿論乗る電車はそれぞれ違う。 改札の近くにあるコンビニの前で少し話した後、2人は別れる。それがいつものパターンだ。 「神尾、」 「何?」 そろそろ帰る、と改札に向かおうとした神尾を日吉が呼んだ。振り返り、日吉を見る。 少し照れくさそうにして言葉を探す素振りをする彼の姿など、彼に想いを寄せる先輩や仲間は見た事もないだろうと思うと、神尾は軽い優越感を覚えた。 「話、聴いてくれて…有り難う」 はにかみながら外方を向く日吉は少し控えめに云ったが、神尾が聞き取るには大いに充分だった。 神尾は今すぐ抱き締めてしまいそうな衝動に駆られた。だが。 「お、おう」 必死に耐えて、しどろもどろにならないよう平常心を保とうとしてみるが、実際には返事をするだけで一杯一杯だった。 「じゃ、またな、日吉」 「あ、ああ」 逃げるように、神尾は足早に人混みの中へ紛れていった。あっという間にその後ろ姿は見せなくなった。 駅のデジタル時計を見ると、もう夜に近い。日吉も改札に向かって歩き出す。 そういえば、何も解決しなかったな、と改札口に定期を入れながら思った。勢いよく出てきた所を手早く取り、定期入れに仕舞う。 でも。階段を上り、電車がホームに来るのを待つ。 無駄ではなかった。 (良い事も聞けたし…) くすり、思い出し微笑う。耳は悪くない日吉だった。 |
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