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『ねぇねぇ拓海』
『なぁに?』
『《悪魔》ってぇ、信じる?』
『またその話かよー』






 《悪魔》。
 それは地獄より遣えし悪しき者。
 人を唆し、欺ける、人為らざる存在。

 ファンタジーな世界には欠かせないキャラクターの1つ。






『亮はホントに好きだな、そうゆうの』
『だって、面白くない?僕たちの住む世界とは全然違う世界で、僕たちみたいな人間が動いてるんだよ?!ワクワクしない?』
『うーん…そりゃあ、不思議な感じはするけど。それが《悪魔》とどうカンケーあんの?』
『えっ?えーと…あ、ホラ、《悪魔》って目に見えないじゃない?だから同じようにフシギだよね?』
『この前聞いたのと変わってねぇよ、答え』
『ムズかしいんだもん!』






 そう云ってむくれる亮也と、声を上げて笑う俺。

 ガキの頃の俺たちは。
 とても仲が良かった。






 それが中学に上がった時。

 途端に顔を合わす事がなくなった。

 クラスが違ったから、当たり前か。

 きっと亮也の事だから。
 上手くやっている筈。

 そう思っていた。






 そして亮也は《完璧な人》になっていた。

 勉強も。
 運動も。
 敵わなかった。







 そんな数年。
 亮也は“変わって”いた。

 あの時の笑顔は。
 その鋭い目つきで消されてしまった。


















 目立った外傷もなく、至って健康体な亮也は翌日には退院していた。

 俺より眠っていた間。
 亮也になにが遭ったのだろう…。

 そればかりだけが気になって。
 仕方がなかった。


















 “戻った”亮也はとても皆に評判が良かった。

 元々の容姿が整っていたおかげもあり、すぐに亮也の周りにはクラスメイトで一杯になっていった。

 明るくお喋りで表情豊か。
 嫌味もなく毒気もない。
 同学年とは思えない程、純粋で無垢。

 それでも亮也は《完璧な人》だった。
 それだけは、“変わらない”。






「アイツ感じ変わったよな」
「話しやすくなったわよね」
「拓海もそう思うだろ?」
「…そうだな」
「眼鏡外してますますカッコイイしね」
「………」
「…どうした?拓海」
「元気ないね~。それとも機嫌悪いの?」
「…別に」






『お前、眼鏡は?』
『壊れちゃったよ?』
『…困んねぇ?』
『え、全然。だってアレ伊達だし』






 もはやツッコむ気力もねぇよ俺…。






「あ、手振ってるぞ拓海」
「あれ、拓海って亮也くんと仲良かったっけ?」
「…ほっとけ」
「照れなくてもいいじゃなーい。教えなさいよー」
「俺も知りたい」
「ほっとけってば。つーか照れてねぇ」
「じゃいいわよ。亮也くんに聞くから」






 女は苦手だ。
 なんでも知りたがる。

 すぐ泣くし。
 我侭だし。
 夢見がちだし。

 でも――
 そんな女みたいな亮也が。
 ガキの俺は好きだったようだ。






「ねぇねぇ亮也くん」
「なぁにぃ?」
「亮也くんて拓海と仲良いの?」
「うーんと…幼稚園と小学校の頃はよく一緒に遊んだよ」
「じゃ、最近はそうでもないんだ?」
「…うん、そうだね」






 その時の瞳に。
 翳りが過った事を。
 俺は見過ごさなかった。


















 徐々に周りに馴染んでゆく亮也を。
 俺は受け入れられないでいた。

 他の奴と話している亮也が不思議でしょうがない。

 そうやって。
 他の奴に微笑いかける亮也を見かける度。

 なにやら判らない感情が俺の中で渦巻いて。

 亮也を見ないようにしていても。
 目が合う毎に微笑いかけられて。

 何故か焦る。






 亮也が“変わった”ように。
 俺もなにかが“変わった”のかな?
 …なんて思った。


















 そんな、ある日。

 夏の、寝苦しい夜の事だった。

 この日の最高気温は39℃。
 最低気温は30℃。

 熱帯夜にも程がある。

 と、いう訳でなかなか寝つけなかった。

 …寝れる訳がない。

 扇風機しかない自室。
 窓を開けていても流石にキツイ。

 扇風機の強度を上げようか迷った時。

 ケータイが鳴った。

 画面を見るとメールが来ていた。

 内容は一言。






『プールに行こう!』






 …こんな突拍子な事を云い出すのは亮也しか居ない。

 しかしこんなに暑いのだから判る気もする。

 俺は静かに外へ出た。






 …てか、俺のメルアド、何処で知ったんだ…。


















「待ってたよ、拓海」






 学校のプールに勝手に忍び込んでいる亮也を発見。

 俺も柵を乗り越え忍び込んだ。

 なんか、泥棒になった気分。






「…なにしてんだよ?」
「拓海こそ」
「お前が呼んだんじゃん」
「そうだよぉ」






 呆れて物も云えないとは正にこの事。

 そんな俺を無視して亮也はサンダルを脱いでいた。
 そして足を水の中に浸ける。






「ひゃっ、気持ちイイよー」






 亮也のこのハシャギようを見たら。
 なんだかもう、どうでもよくなって。
 俺も履いていたスニーカーを脱いで端に寄せた。







「ホント、冷た…Σっ!!!?」






バッシャ―――ン…






 いつかやるな、とは思ったんだ。
 思っていたんだ。

 水の中から顔を出すと亮也の悪戯に笑う顔。






「りょーやぁ…?」
「ゴメン、つい…」
「てめぇも来いッ!!」
「えっ?!」






 しゃがんでいた亮也の腕を取ると水の中に引きずり込んだ。






バシャ――ン…

バシャバシャバシャ…






慌てた亮也の体が咄嗟に俺にしがみついた。






「ゴホッゴホッ…ボ、ボクまだ泳げなくて…」
「あ、そうだったのかっ?悪ぃ」
「い、いや…ボクがいきなり突き飛ばしちゃったから、ゴメッ…ゴホッ」
「あー落ち着け」












 水面に揺れる。

 月影。

 波紋に消えて。

 踊り現れた。






 静かに。

 水の音。

 静かに。

 響いて。

 この広い空間に。

 響く。

 夜空に向かって。






 亮也がある程度落ち着きを取り戻す。

 その頃には。
 力一杯俺のYシャツを握り締める手に。
 愛しささえ感じて。

 いつの間にか抱き合っていた事に気づく。












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