それは季節外れな夏の贈り物。 【It'll probably rain tonight.】
シャラ シャララ シャラ シャラ… 机上をコロコロと行き来する銀色のボール。音の根源はこの中からだ。 音球。1番大切な人からの贈り物。 鈴のような軽やかな音でもなく、ウィンドチャイムのような安っぽい金属音でもない。静かに響く綺麗なオルゴールに似た夢心地。 カーテンを引いた窓の向こうに雲行きの怪しい空が見えた。蛍光灯の明かりのない薄暗い部屋。弄ぶ指先にシャラ、シャラ、と音球が鳴り続けている。 不意に弾いて指から離れる。 シャララ シャラ シャラ… …チンッ グラスを跳ね返ってきたそれをまた指で弾く。 シャラ シャララ シャラ… …チンッ 今度はこちらに帰って来なかった。グラスを跳ね返った音球は少し角度を変えて直線の軌道を描き、やがて淵に消える。床に叩きつけられて短く悲鳴を上げ、惰性で転がった。 音球が完全に止まると、風に靡くカーテンの音になり得ない音しか何も聴こえない。 空気から湿気の匂いを感じ取る。きっと今日はもう夕日を望めないだろう。残暑の風物詩である台風が近づいている。 静かになった銀のそれから目線を机に戻すと、氷が溶けきった麦茶のグラス。その横の空の箱。音球が入っていた箱だ。 メッセージカードには少し歪な君の字。 『誕生日おめでとう』 憶えていてくれたんだ。僕が産まれて来た日の事。これが欲しかった事。 店先で手に取る僕に、こんな物が欲しいのか、と理解できないと云う風に掌の音球を見つめる君を思い出す。 『でも、いい音だ』 …シャラ 一瞬、強い風が部屋に入り込んできた。途端、窓に細かいものが大量に打ちつける。暫らくしていくつかの閃光と雷鳴を繰り返した。薄暗い部屋が一層暗くなった気がした。 「…バカだな。コレ、結構高いのに」 カードを手にして見つめた。窓際に水溜まりが広がっていく。 「ホント、バカ」 力の入る指。小さく折り曲がる角。 苦しみはこんなにも溢れているのに、何故涙は出てこないのだろうか。 「今更、こんなの…」 多分今夜は雨だろう。 だが強風に不安を煽られても、安心して眠りに落ちる術はない。何でもない雨が怖くなったのは、君が居なくなったからなのだろう。 グラスの水滴が一筋伝った。それは僕の代わりに泣いてくれているのだと思い、指で拭った。 |
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