『置いてかないで』、と。 何度も叫んだ。 【朱く燃える空の端】
幾つ涙を流しただろう。 この空の色に。 幾つ涙を流しただろう。 この切ない想いに。 棚が倒れていたって構わない。 壁紙が剥がれていたって構わない。 ボロボロに裂かれた服やら本やらが床に散乱していたって構わない。 この部屋には貴方は居ない。 枯れかけた名も知らない花が生けてある花瓶を腕で薙ぎ払った。 壁と床に叩きつけられて、硝子が割れる。 破片と水が飛び散り、腐敗の海が僅かに拡がって、花びらを数枚失った花が浮力を持った。 ただそこには、絶望しかなかった。 …否、絶望しか見ていないだけだ。 微か光り輝く希望など、僕の目には映らない。 そこに蔓延る巨大な絶望がすべての光を遮った。 僕の目には、絶望しか映らない。 ――貴方がこの部屋から居なくなってしまったから。 硝子を割った窓から空を仰ぎ見る。 カーテンは破れ、布切れとなって風に身を任せていた。 時間の感覚を失った僕が唯一刻の流れを掴む方法。 空の端が、朱く燃えていた。 蒼から朱へのグラデーション。 空の端が、黒に侵蝕されていた。 夜に呑み込まれていく。 幾つ涙を流しただろう。 この空の色に。 幾つ涙を流しただろう。 この切ない想いに。 貴方のいない部屋で、ただ泣いた。 あの時のように。 静かに。 そうしていたら、なんだか無性に腹が立って。 無造作に転げていたとっくに電池が切れているケータイを掴んで、闇に溶け込んでいく空に投げつけた。 空を、壊そうと思った。 だが窓硝子の穴を大きくしただけで、ケータイも地面に落ちた。 きっとアレはもう、使えない。 全部壊した。 『空』以外、すべて。 『おいていかないで』 呟いた後。 声を殺さず泣いた。 |
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