『夢になる。その前に、』


 ただ傍にいる。それだけでいい。
 離れる事なんて考えていない。この関係は永遠だと信じている。
 それでも心の何処かに在る不安は気の所為だと掻き消した。
 今、この瞬間。お前と一緒だから。

「それ、止めたら?」

 今日何本目ともなるか判らない煙草を咥え、火をつける。
 軽く吸って、吐いた息は煙りで白い。独特の臭いが漂う。

「…なんで?」

 当たり前と云えば当たり前の返し。普段は気にかけない事を云われれば、当然の反応だ。

「………、」
「黙ってちゃ、判んないよ?」

 煙草が嫌いな訳ではない。だが寡黙になった口は何も発する事はない。

「変な奴、」

 煙草に似つかない幼さの残る顔で笑えば、自然と和やかになる。
 大人びて見えて、だがそれは所詮、発癌性のある煙りを出す白い棒っきれが生み出す錯覚でしかなかった。

「…肺癌になっても知らないから」
「なったらお前が世話してくれよ」
「…ばーか、」

 吸うか?、と奨めて、いい、と断った。

「――してやるよ、いくらでも」

「なんか云った?」
「…何も、」

 この先、何年経って、それでもまだ傍に居られる自信はないけれど、2人で過ごし重ねた記憶は本物だから。
 だけど人間というのはそんな記憶さえも忘れてしまう生き物。
 今が、記憶になって、思い出となり、過去という1つになって、段々と良い事ばかりを振り落としていく。そこにどんな黒いものがあろうとも、美化された過去は、元には戻らない。
 だから、過去という名の夢になる前に、『今』この世界に在る俺とお前が共に生きた時間を、死ぬまで一緒に過ごして、過去になんてしてやらない。
 何故なら、俺たちの関係は永遠だと信じているから。







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