人混みの中で、 “見えないモノ”を必死に追い駆けた。 【I missed him at once.】
俺はすぐに彼が居ない事に気づいた。 それはとても突然で。 戸惑いや驚きより、寂しさだけが染みてきて。 振り向けば。 その笑顔がまだ其所に在るのではないかとさえ思えてしまう。 …ねぇ。 いつもみたいに無闇にくっついてよ。 強引に引き寄せてよ。 優しく抱いて、優しく口吻けよ。 ねぇ、戻ってきてよ。 もう逃げたりしないから…――。 大切なモノは、大抵は“見えない”。 俺が失くしたモノは、“見えなかった”? ――いや、“見えていた”筈だ。 彼は確実に、存在しているのだから。 だが失くしたモノは“見えない”。 それは想いで。 それは恋心。 失くしてから気づく“見えないモノ”。 ずっと彼との間には在ったんだ。 ただ理解の範疇を超えていて。 ただ自分が認識したくなかっただけで。 壊してしまった。 この手で。 “見えないモノ”を。 知らなかった。 怖かった。 素直になれなかった。 いつも心と体は逆をいく。 嬉しかった筈だよ? 必要以上に触れられる事も。 些細な事で嫉妬してくれた事も。 どんな場面でも、どんな人達の前でも。 『俺を好きだ』と証明してくれた。 本当は嬉しいのに。 羞恥して彼を突き放してしまった。 思えば。 俺から『好き』と云った事なんて、なかった。 どうしてもっと早く。 感知していれば。 気づいていれば。 彼が居なくなる事などなかったであろうに。 止められる事が出来たであろうに。 臆病だったの? 震えていたの? やはり自分が1番可愛かったの? 違う。 …なんて、云いきれない。 溢れて。 溢れ返って。 止まらない。 止<とど>まれない。 想いは。 水嵩を増すばかり。 こんなに “愛しい” だなんて、思わなかった。 彼は。 俺のスベテを変えて。 姿を消した。 帰ってこいよ。 卑怯者。 帰ってきて、責任取れよ。 だから。 ねぇ。 「帰って来いってばぁ!!!!?」 何回も叫んで。 声が枯れるまで。 何回も。 結果がない。 答えが、ない。 無駄にしたくない。 何もかも。 ねぇ。 戻ってきて。 帰って来て。 顔を見せて。 強く抱き締めて。 感じさせて。 離れないで。 側に居て。 此処に居て。 たった1度、夢でもいいから。 ただ『愛してる』と囁いて………。 人混みの中で。 確かに見た。 “見えないモノ”を。 彼の姿を。 確かに聴いた。 彼の声を――。 |
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