月が綺麗でした。
 不意にアイツを思い出しました。



今夜月の見える丘に


 闇に浮かぶ、銀で描かれた1つの円。
 輝くその光はまるでアイツの瞳。
 手が、届きそうで届かないのです。
 伸ばしても触れるコトはないその存在。
 指の隙間から零れる銀色が白く俺の手を染めます。
 妖艶な月は邪な心で視ていたアイツと、よく、似ていました。
 淡い想いの後に残るのは、虚無と乳白色。
 月明かりに照らされる精の色は、更に欲情に駆らされます。
 見上げる月は、見下す俺を、嘲笑います。
 『お前は馬鹿なんだよ』、と。
 全くもってその通りだと、俺も月に向かって嘲笑しました。
 優しくぼやけた光が、俺を包みます。
 冷たく澄んだ空気が、余計に月を輝かせていました。
 夜空に散らばるダイヤモンドダスト。
 煌々しています。
 暫らく見惚れて、俺は携帯電話を探りました。
 メールのカテゴリーを開き、“本文”に文章を打ち込みます。
 宛先は勿論、アイツで。
 “送信終了”の文字が出て、俺は携帯電話を閉じました。
 きっと返事はすぐ返ってくるコトでしょう。
 俺は寒くないようにコートを着て、静かに家を出ました。
 空を見渡せば、相変わらず月は輝いていて。
 『お前は馬鹿なんだよ』、と、煌めいています。
 それでもいいと、俺は月を睨めつけました。
 そして月を視界に入れないように、ゆっくりと歩きます。
 きっとアイツは待ってくれているでしょうから。
 闇の静寂に響く着信音。
 アイツ専用のメール音。
 ポケットに突っ込んでいた携帯電話を取り出しました。
 氷の如く冷えたプラスチックをカチッ、という独特の音と共に開きます。
 たった4回のボタン操作で、携帯電話を閉じました。
 寒さと嬉しさで、顔や体が温まるのを感じました。
 そのままの勢いで俺は走り出します。
 もう、月の存在を忘れていました。
 今はもうすぐ会えるアイツの存在すがたを確かめたくて。

《今夜、“月の見える丘”で、待ってる》
《…わかった》

 それだけのやり取りでも、アイツが愛おしくなりました。
 明日は十六夜いざよい、明後日は十七夜かのう
 十六夜あした十七夜あさっても、アイツに会えますよね。
 “約束の場所”に、アイツは居ました。
 俺達しか知らない、“秘密の場所”。
 月に呑み込まれそうなアイツは、予想以上にあでやかで。
 思わず、息を飲みました。
 最初に“この場所”を見つけた時と大違い。
 白く吐かれる息も。
 銀に染まる黒髪も。
 浅黒い肌でさえ。
 すべて、『夜』の為に在るのだと思わせます。
 俺に気づいて微笑むアイツは、冥界の天使。
 まるでこの世の者ではない。
 ああ、俺は、コイツとなら、墜ちてもいいです。
 月が、アイツの後ろで嘲笑わらっています。
 『お前は馬鹿なんだよ』、と。
 それでもいいのです。
 俺は冥界の天使に告げました。


[ I love you! My angel... ]


 唄うように風に乗せたコトバは、出来れば聴こえてほしくありませんでした。
 吐かれた息が後ろに流れていきました。
 もはや自分がどんな表情なのかも判りません。
 ただ滞る涙が視界を妨げるのです。
 アイツが見えないのです。
 だけれど白光りだけは、ぼやけつつもはっきりと、俺の眼には映っていて。
 悲しくもないのに、冷たい液体が頬を伝いました。
 月が微笑わらっています。
 残酷に輝き煌めいています。
 夜の冷酷さが体を蝕んでいきます。
 アイツが微笑っています。
 煌々と瞳が輝いています。
 煌々と、涙が照らされていました。
 アイツの唇が動いています。


[ I love you too! I hope to be have you to myself! ]


 今夜は十五夜。
 1日でもズレてはならないのです。
 満月の意味が失くなってしまうから。
 月が綺麗な夜に願いましょう。
 アイツと結ばれるコトを――。







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