桜の中に見えた面影、花吹雪に消えた。
 見間違いだと思うが、目を凝らす。辺りを見回す。そして振り返る。
 通い慣れた学校の校門が開いていた。その向こう側に佇む久しい姿。
 ゆっくり歩いていく。その内に早歩きになって、小走りになって、終いには全力で駆けていた。
 少しでも早く距離を縮めたかった。
 息を切らして近づく。目の前には何度も名を呼び、温かさを確かめた人。

「卒業、おめでとう」

 嗚呼、この声だ。
 渇いた心に沁み入るように、柔らかで心地良い。

「…なんで居るんだ」
「駄目だったかい」

 困惑したような微笑みを見たくなくて、きつく抱き締めた。形、匂い、体温…首筋を擽る髪まで愛おしい。
 躊躇いなく背に回された腕に、懐かしい喜びを感じる。

「…すまねぇ、そういうつもりじゃない」
「うん、分かってるよ」

 暖かな南風に包まれる。頬を撫でて、吹き抜ける。はらはらと舞い踊り、地面に落ちていく。

「また背が伸びたね」
「惚れ直したか?」
「…うん」
「…真に受けんな、ハズい」

 小さく吹き出して笑う姿も見たかったが、赤くなっているであろう顔を見られたくなくて、その振動だけ体に受けた。
 何もかも、あの日と変わっていない。
 一年の空白を沈黙で埋める。今まで長く思えた時間が、徐々に苦ではなくなっていく。
 そう、たった一年ではないか。

 これからまた始まる。
 物語の続きが、春の空に浮かぶ雲に乗って動き出した。




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