「お前、怪我しなかった?」
「え?」

 外見がそっくりな男の子が二人、放課後の道を歩いている。
 暁に染まる光を浴びて、薄く小麦色に焼けた肌を照らす。

「なんで?」
「痛かったから」
「えっ」

 たった数分、産まれてくるのが早かっただけの双子の兄は、驚いた様子で弟を凝視していた。
 弟はそれを当たり前のように視線を受け入れた。

「左手の親指、切ったでしょ」
「なんで知って…」
「痛かったから」
「そうじゃなくって」

 弟は深く考える素振りを見せ、兄はそんな弟を見つめていた。
 そのうち弟は微笑みを湛えてこう云った。

「双子の間にはね、見えない“繋がりがあるんだって。
 例えば僕らが別の場所にいて、僕がお化け屋敷に入ったとする。僕はそういうのは苦手だから、当然怖い。すると、その僕の感じた怖さが別の場所にいるお前に伝わったりしちゃうんだよ。
 それと同じように、指を切った時の痛みが僕に伝わった。だから、分かったんだよ」

 兄は左手の指を見た。
 親指の腹に残る刃物で切れた傷。今はもう、随分時間が経って塞がっている。
 元からそんなに深い傷でもなかった為、兄は誰にも云ってなかった。

 なのにこうもあっさり伝わってしまう事に、兄は苦笑した。

「なんか…気持ち悪りぃな」
「そう? 僕は嬉しい」
「気色悪りぃ〜」
「お前だからだよ」
「当たり前だ。俺もお前じゃなかったらやってらんないもん」

 兄の口から弟にとってとても嬉しい言葉。
 その照れを弟は笑って誤魔化した。

「…で? 家庭科どうだったの?」
「え?」
「調理実習。カレー作ったんでしょ?」
「なんで!?」
「昨日、自分で云ってたじゃん」
「あ…」

 そして明日は弟が指の切り傷を作る料理下手な兄弟だった。

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BLじゃなくて家族愛。
【040831】












































 この身に 心に
 切り刻まれるモノは。


【cut to pieces】


 胸に刺さるコレはなんだろう。
 言葉という名の鋭利な刃物。
 時に愛を謳う囁きさえも突き刺さり痛む。

「――それじゃあ、なんて云やいいんだよ」

 『言葉が痛い』、だなんて。
 解らないだろうね。
 他人の君には。

 …ほら、その眼差し。
 可哀想なモノでも見るようだよ?

「僕が哀れに見えるかい?」

 そんなに縮み込まなくてもいいよ。
 ――怖くなんかないんだから。

 君から見た今の僕は。
 やっぱり怖く見えるかな?

「………っ、」

 否定、しないんだね。
 君のそういうトコ、好きだよ。

 でも――

 耳許で騒めくコレはなんだろうか。
 恋煩いという名の頭痛の症状。
 君の云うことが掻き消されただけかもしれない。

「――…お前って、」

 君と同じように。
 僕は君の云わんとしている事が、解らない。

 …当たり前だよね。
 僕は超能力者じゃない。

「嫌なヤツだな」

 正直すぎるのも、時に腹立たしいが。
 君だから、許そうか?

「でも――好きだ」

 この体に篭っていくコレはなんだろうか。
 愛しさという名の熱り。
 体中の血液が歓喜に沸騰する。

「…悪くはないかな」
「なんだソレ」

 この身に、心に。
 切り刻まれるスベテのモノは。
 君に与えられ、君に影響し、君と共に在る。

 蓄積されたその切り刻まれるモノの名を。
 人間(ヒト)は、“記憶”と呼んだ。

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友人の誕生日に捧げたら、意味不明と云われた。
【041108】











































 満月の()に。

 貴方は壊れる。


【a lunatic】


 マンションの屋上に上がって見ていた。

 快晴と云うには程遠い、縮れた雲が覆う中。
 眩い銀の光を放つ、あの衛星。
 滲んだ光は金に周りを照らした。
 二重に異なる光を纏い、ただ孤高に輝き続ける。

 ケータイのカメラで撮ろうにも、その光が正確に出る筈もなく。
 諦めて一枚、写真を保存した。

 あんなに、自分の眼には美しく映るのに――


 こんな夜には。
 『あの人』が来る。


 直感ではない。
 いつもの事だ。
 満月を見ると変わる。
 まるで“狼男”のように。
 飢えて、求め彷徨う。
 自我を欠落させて。


 背後に階段を上る足音がして、扉が開かれるのを聴いた。

 ケータイをしまう。
 振り向けばそこに、虚ろな眼をした『あの人』。

 何処も見ていないようで何処かを見ているような。
 色を失くした瞳にも関わらず煌めいて。

 “生きている”のだと再認識。
 後に安堵。

「先輩…」

 不意に零れた敬称。
 名前を呼びたくても呼べない立場がもどかしい。

 声など最初からこの世界にはないかのように、『先輩』は無感動に近づいてくる。
 何処も見ていない眼で俺を見つめながら。

「先ぱ――」

 ぴったりと躰を寄せ合ったと思うと。
 細い腕を俺の首に絡ませ、口吻け。

 背は俺の方が高い為、少し背伸び気味な体勢が可愛らしく見えたりする。

 触れた唇は。
 抱き締めた躰は。
 秋の夜風に晒されて冷たく、体温が奪われていた。

 それと対照的に、こじ開けた口内は溶けるように熱い。


 月が見ている。
 あの薄い雲の下から光を放ちながら。
 星たちをも退けて。
 自らを主張するように。

 “私は此処に居るよ”、と。


 暗闇に沈むスタッカートがかかったような裏声。
 息が弾んで、吐息も甘く切ない。
 重なり合う二つの躰は男のそれで。
 その様は異常に見えて、しかし艶めいていた。

 まるで不完全な蟲のような姿。

 月明かりが衣服の間から覗かせる肌を照らす。
 快感に硬度を増した胸の飾り。
 もはや何も纏うものなどない腰から脚にかけて。

 緩急をつけて追い立てていく。
 焦らして、直前で止める。
 体の全てが以前より敏感になり、空気さえも刺激。


 どの位の時間が経ったのだろう。
 ケータイを取り出しサブディスプレイを光らせた。

 零時を過ぎた時計。
 『先輩』は、もう此処には居ない。

 やる事をやるだけして満足したら帰る。
 いつもの事だ。
 割り切っていた筈なのに。
 何故か虚しさが残る。

 翌朝会う『先輩』は。
 さっきまでの事なんて忘れて笑っているでしょう。
 『先輩』は今夜の事を微塵も憶えていないのだから。

 それに合わせて、俺も忘れたフリをする。
 この苦労が分かりますか、『先輩』。

 辛いんですよ。
 苦しいんですよ。
 こんな関係は。
 俺の気持ちを無視して。
 一方的すぎるじゃないですか。

 涙が溢れそうになるのを耐えて。
 俺は屋上から出る。

 そこに残った情事の跡と体中の痛み。
 無理を承知で。
 知らないと思い込んだ。


 満月は雲に隠れたまま輝き続ける。

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原文はあまりにも恥ずかしかったので割愛してます。宍鳳のイメージだった。
【041121】