night of a mercury-vapor lamp


 浅い睡眠から目を覚ます。いつまでも経っても慣れない寝床は思いの外体に合わないらしく、度々強制的に眠りから引き上げられる。
 上半身を起こし、部屋を見渡す。趣味の合わない服や小物、苦手な乱雑感。初めて入った時はまるで異世界のように感じたこの部屋が、少しずつ居心地よく思い始めていた。
 すぐ隣のベッドを見た。そこに居る筈の部屋の主は居なかった。
 不意に。
 明瞭ではない視界に入り込む水銀灯のような光。
 満月だ。
 初春の夜空に滲む。
 枕の横に置いていた眼鏡をかけ、布団から出た。誰も居ないのに、徐に部屋を出る。
 妙に明るく感じた廊下に影が伸びる。素足が床に張り付く。
 そろりそろりと、だけど素早く階段を下りていった。酷く静かな空間が不安やら寂しさやらを連れてきそうで、思い出したくないモノを呼び起こしそうで、嫌だった。
 リビングに入ると、不思議と月光が柔らかく溢れていた。窓際に佇む橙を捉える。
 何故か息を潜めた。窓の形に切り取られた光に照らされる、美しい長躯。その様が、壊してはいけないモノに見えた。
 そんな僕を余所に、君は此方に気づいて笑みを湛えるんだ。まるで挑発するように、手招きをするように。
 樹液に群がる昆虫の如く、引き寄せられる。微笑みは確実に、この胸へと深く刺さっていた。
 目の前に立つ。何を云えばいいのか分からず、押し黙ったまま。気恥ずかしくて、目も合わせられなかった。そして君も何も云わなかった。
 音も立てずに空気は動いて、影が重なる。
 腕に包まれ、刺された胸に体温が優しく沁み込んでいく。君の服の裾を握るのが精一杯だった。
 少し間だが空けられ、顔を上げた。妖しげな光を宿した薄茶の瞳に捉われる。何かを探るように揺れて視線が刺さる。
 瞳が近づいてきた。躊躇の色を見せながら細められる。震えるように唇を合わせた。
 二つの影が溶ける。






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