gap 『馬鹿は風邪を引かない』というのは、やはり嘘だ。 酷く静かな自室。中津が居るというのに騒がしくない。珍しい事だ。普段は行動も煩いが纏う雰囲気の目眩しさも鬱陶しい程だ。 二段ベッドの上下どちらもカーテンが開いていて不審に思う。確かに今朝閉めていった筈なのだが。靴を脱いで近づく。提げたポリ袋がガサガサと煩い。 案の定、下の段には中津が眠りこけていた。それはもう鼾を掻く位元気よく。他人のベッドで気持ち良さそうにしていた。 「…中津」 一応呼んでみる。起きる可能性はないに等しい。もし起きても退かす気は毛頭ないが。 ――だって、悔しいし…勿体ないじゃないか。 「………ん〜…」 運がいいのか悪いのか、中津が反応して唸った。不快そうに顔を顰めてから薄く目を開ける。色素の薄い瞳で捉えられる。 「起きた?」 「…ん」 ――ああ、これは起きてないな。 気怠げな表情、ぼんやりとした視線と返答。纏う空気など読まなくとも分かる。明らかに寝惚けている。 「…芦屋から焼きそばパン貰ったけど、食べる?」 今にも瞼を下ろしてしまいそうにしながら、それでも強く頷く。どうやら食欲はあるらしい。これなら回復も早いだろう。 ――それに落胆している自分はなんて嫌な奴なんだ。 だが中津が起き上がる気配は一向にない。睡魔に負けたようだ。まどろみながら再び眠りに落ちていく。寝息を立て始めた。 持っていた袋を中津の机の上に置いて、顔を覗き込む。片手と片膝をベッドに乗せると、軋みながら沈んだ。その音に中津の意識が浮上したらしく、またぼんやりと薄目を開ける。 至近距離に顔があるのに無反応だなんて、信じられない。 ほんの悪戯心で無防備な首筋に触れる。体温を感じるか感じないか、微妙な加減で指先を這わす。それでも充分、熱が下がっていないと伝わった。擽ったいのか、目を閉じて微笑った気がした。 じくり、と沸き立つ体の奥。こんな好機は二度とない、ともう一人の自分が囁く。抗わず、振り払わない。もう既に行動し始めていたから。 「ん…っ………」 頬に手を添えて、少し開いていた口を自分のそれで塞いだ。容易く侵入して蹂躙する。 中津が手を重ねてきた。引き離すようにその手を掴む。拒絶だと思って口を放そうとしたが、引き留めるような湿った熱に思い止まる。取られた手は指を絡まされて、やんわりと握られた。応えるように握り返す。 耳につく水音、吐息。逸る心臓と気持ち。触れている場所から感じる体温に、此方まで熱に浮かされそうだ。 名残惜しく放して、切なく溜め息を洩らした。それでもまだ唾液が繋がっていた。潤んだ瞳とかち合う。――これ以上は、ヤバい。歯止めが。 だが離れたくとも手を取られたままで、無理に解けずどうする事も出来ない。暫らくお互い息を整えながら見つめ合っていた。 その内もどかしくなったのか、中津が掛けていた布団を蹴り飛ばして体を引き寄せられた。バランスを崩して覆い被さるようになった。縋るように腰に腕を回されて更に密着する。 目の前に泣きそうな顔。高い体温と染めた頬に誘惑される。重ねた胸から脈が当たってくる。同調していく。 ――…寝惚けてるだけ、なんだよね? 心の中で問いかけた。誰かから返答など貰える筈もなく自己処理してしまう。ここに居るのは自分と中津だけという事を再認識した。 口許を伝ったどちらともない唾液を掬い上げるように舐めてから、顎のライン、首筋、鎖骨と舌先を下ろしていく。吸い付くとビクンッ、と撥ねた。 ――君がそう望むのなら、好きにさせてもらおうかな。 言い訳のように思って、湿ったシャツの中に手を差し入れた。 慣れない愛撫にも関わらず、面白い程顕著に反応を示してくれる。まるで誰かに教え込まれたように。――まさか、ね。 布越しに膨らんだ下部を撫でると、みるみる内に硬度を増していった。きつそうにしているそこを下着ごと降ろしてあげると、天を向いて外気に震えた。 取り出した自分の物と触れ合わせた。掌に一緒に包んで上下に滑らせる。混ざり合った先走りが先端から滴って中津の腹を汚した。 捲り上げたシャツで露になった筋肉質な体。厚い胸板に乗った二つの小さい粒を舌先で転がす。汗の味がした。 荒くなる息遣い。洩れる細やかな嬌声。篭る熱。汗ばんでいく。昇り詰めていく。 「…ぁっ、…っ!」 限界が近いのか、病人とは思えない程の力で背中を掻き抱かれる。痛みに顰めるが、舌を離して体勢を立て直した。 手の動きを速める。限界が近いのは、自分も同じだ。こんなにも求められたら我慢なんてならない。 触れる事など叶わないと思っていた。君があの娘に寄せたのと同じこの想いを、決して口にしてはいけない。そう思って、今まで何の気もない振りをしてきた。 ぎゅっ、と強く瞑った瞼の際に薄く涙を溜めているのを見ていた。愛しくて此方が泣きそうになる。 堪らなくなって噛みつくように口吻けた。拙く乱暴に口内を荒らす。纏わり付く熱。中津に頭を固定された。息苦しささえ心地良い。 縋りついてくる腕に一層力が篭り、背中をのけ反らせるとくぐもった声を上げて白濁を吐き出した。後を追うように自分も絶頂に達する。 まだ痙攣したようにビクビクと体を震わせている中津の唇を解放する。疲れたのか、薄く開いた瞳は虚ろだ。 唾液を滴らせた唇が、微かに動いた。 「……ぃ…ず……ぃ…」 すっきりとした頭に届いた言葉は、甘い余韻から叩き落とされるのに充分だった。当の本人はすぅっと眠りに着いてしまっている。今度は鼾も掻いていない。 午後の授業をサボってまで何をしているのだろう。冷めていく熱情と体温。気持ち悪くなっただけの張り付くカッターシャツと、白濁が絡み付く掌。 ――虚しい。 あの娘が好きだと悩む君。 自分を“友達”だと云ってくれた君。 誰かの腕の中で鳴く君。 どれが本当の君なのか、などと訊くまでもない。全て君自身なのだろう。 知らなかっただけだ。…知ろうとしていなかっただけだ。 気づいていた筈なのに、その事実に目を伏せてきた。自分に都合のいいものばかりを見ていたかったが為に。受け入れ難いが故に。 だが、もう目を逸せない。自分の中で勝手に作り上げていた、まっさらな君は居ないのだ。 こんな時でさえ妙に冷静でいられるのが不思議だ。同時に腹立たしくも悲しくもある。まともに恋情も抱けない自分が可哀想に思えた。 ――俺はただ、この距離でその笑顔を見ていたかっただけなんだ。綺麗事だとしても。 |
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