『ファインダー越しの君』


 奈良に雑務を頼むのはいつもの事で、気にもしていなかった。
 俺はこの日、最高の被写体に出逢う。

「…あれ?奈良は?」
「奈良?さっきまで居たんだけど、帰ったかなぁ」

 帰りのHRが終わった直後の出来事。
 今日も今日とて奈良に手伝って貰おうとしたのだが、教室に居ない。

「残ってくれるって、云ってたんだけどな〜」

 あいつが無断で約束を破るとは思えない。絶対何処かに居る筈だ。
 とにかく、行きそうな場所を探してみよう。
 ………。(考え中)
 奈良の行きそうな場所って、何処だ?
 そういえば俺、奈良の事、何も知らないや。
 仕方なく、校舎内をフラフラと彷徨う。段々人気が少なくなってきて、廊下は静まり返っている。時々遠くのグラウンドの声や廊下に響く吹奏楽の練習が聴こえてくる。
 陽も少し傾き始めた。だけど奈良は一向に見つからない。

「もー何処に居るんだよ奈良ぁー」

 探し疲れて額の汗を拭った。ふと目の前にはまだ覘いていない部屋。

「図書室、か…」

 不思議と何かに導かれたように、図書室の扉に手をかけた。何故か鍵が掛かっていない。
 中に入ると、案の定受付すら居なかった。綺麗に並んだ本棚が、まるで壁のようだ。それでもすべての窓は開いていて、初秋の涼しい風が吹き抜けている。誰かのしまい忘れだろう、長机の上の本が勝手にペェジを捲っていた。
 1つ1つ、本棚の仕切りの隙間を見ていく。そして1番奥に差し掛かった、正にその時だ。
 …居た。奈良だ。でも、寝てる。
 俺の腰より低い本棚の上で、踏み台用の椅子に座って、片手には読み欠けの文庫本、伏せるようにして、奈良は寝ていた。
 夏が名残る柔らかい陽の光。靡くカーテン、青みがかった髪。
 気がついたら、首に下げていたカメラのレンズを通して、その風景を見ていた。


――カシャッ


 音のない空間で、シャッター音はとてもよく響いた。
 それと同時に、奈良も目を覚ました。最初はぼんやりとして、俺に気づいて完全に覚醒したみたいだ。

「冬木くん…っ!?ご、ごめん…、少し立ち寄っただけだったんだけど…、つい、えっと、」

 奈良は凄く慌てていて、でもそんな奈良が可愛くて。

「気にしてないよ」
「…ごめん、」
「もーいーって。帰ろう?」

 え?、と小首を傾げている奈良の頭を撫でて、踵を返した。

「…あ、ま、待って!」

 少し遅れて聞こえた奈良の声を背に、図書室を出る。
 こんなに嬉しいのは久しぶりだ。現像するのが楽しみ。きっとこれは俺にとって最高の出来に入るだろう。
 それと同時に、もっと、奈良の事が知りたくなった。今、何よりも。
 どんな本を読んでいたのか。さっきまでどんな夢を見ていたのか。
 気にもしなかった。でも今は1番気になる人。
 大分廊下を歩いたところで、小走りに奈良が近づいてきた。

「ねぇ、怒ってるの?」
「…気が変わっただけっ」

 いつものように笑った。
 君はもう、俺だけの被写体。






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