誰よりも 「…女に産まれれば良かった」 「なんだ? 急に」 中務とは友達だったから、家に来る事も珍しくはない。 幸い、こいつは俺の親類の前では滅多な事を云わないし、部屋に居る時だって普段より遥かに大人しい。 最初は不気味に思っていたが、それはこいつなりに気遣ってくれていると思い当たったのは、暫らくしてからだ。 そう気づくと、いつの間にかこいつと同じ空間に居ても不思議と心地良く思えた。 …あ、いや、そういう意味ではなく。 「だって、そしたら大仏と付き合えんじゃーん」 「…女だったら、お前の好きな野球ができなかったかもしれないぞ」 「うっ…それは困る」 野球部の部長と応援団の団長。 今思えば、本当は『友達』などという上等な関係ではなかったのではないか。 要領の悪い中務が俺を頼りにしていて、俺が世話を焼いてやっている。本当は、それだけの事なのだ。 …それだけの事なのに。 『個人的愛情を抱いてるんじゃんか』 あの時のことは、今でも昨日の事のように思い出せる。 風。蝉の声。汗。陽射し。陰。声。高鳴り。木々。湿気。喧騒。 儚い、表情。 打ち消すように動いた。本棚と向かい合って雑誌を捲る中務の背後から身を乗り出して、本を引き抜く。 「そうだろ」 離れてパラパラと本の中身を確認する。一回しか読んでないから読み返したかったやつだ。 床に座り込むが、不審に思って中務の背中を見遣る。小刻みに震えていた。 「…どうした?」 「ちょ、直下型が…」 「あー…すまんな」 そうか、こいつにも効くのか。 自他共に認める美声。通う高校では“尾てい骨直下型の君”なんて呼ばれている。耳許で囁くと殆んどの女を腰砕けにさせる、大変便利な低い声。 だからといって、男に使った事などなおのだが。 …そういえば、だいぶ前に『男もオトせるかな』と中務が云っていたな。もしかしてその時から―― 「ト、トイレ借りるじゃん!」 中務が勢いよく立ち上がり、横を通り過ぎていく。 咄嗟に手が出た。中務の腕を引っ張る。 「待て」 「!!!? や…っ!」 バランスを崩して、中務の体が俺の腕の中にすっぽりと収まった。背中から抱き込む形になる。 もっと暴れるかと思ったが、動けないのか意外にも固まってしまっていた。 ふと不自然な膨らみに目が行く。 「ふぅん。そうか…こういう効果もあるのか…」 中務の体が熱い。 感じているのか? 俺の声で? 「だ、め…だって…、大仏ぃ…!」 「気色悪い声出すな」 吐息混じりに呼ぶ声が酷い破壊力で、思わず冷たく云ってしまった。 大事な何かが壊れそうだ。 「は、離れて、よ」 「良いのか? 本当に離しても」 「え…!? な、に…?」 ――だが興味がある。 「中務」 わざと耳許で呼べば、体をビクリ、と震わせて必死に声を噛み殺す。 今の顔を見たら、やばかったかもしれない。 「…イカせてやるよ」 「え、なっ…えぇ!?」 「ただし、『声』だけでだ」 こいつと関わって、俺は変わってしまったのだろうか。完全に好奇心に負けていた。 甘く息を吐いて、中務は笑う。 「ん…っ、ぼく…幸せ者、じゃん」 何故こいつは笑うのだろう。 何故俺はこんな事をしているんだろう。 何故こんなにも罪悪感に苛まれながら、昂揚しているのだろう。 「…中務」 ――どうでもいい事だ。 そう、そんな事は、どうでもいい。 「うぁ…っ!! はっ…」 上気する頬。際まで生える長い睫毛。光に透ける産毛。玉のような汗。薄く焼けた肌。陽射しにごわつく髪。 なかなか悪くない眺めだ。中務の体を見下ろせる。 「随分ときつそうだな。楽にしてやるよ」 「まっ…自分で、や…!」 抱き込んだまま両手で中務のズボンのベルトを外す。纏わる中務の手を無視して、するすると抜き取った。 「あっ…」 「邪魔をしないでもらおうか」 中務の両腕を取って後ろ手にし、抜き取ったベルトで締め上げた。これで身動きは取れまい。 「お、大仏…」 中務が不安そうに呼んだ。背中越しに瞳が揺れている。 …そんな顔をさせたい訳じゃないんだがな。 「なんだ?」 耳許で囁くと、不意打ちだったのか顔を真っ赤にさせて喘ぐ。 それは此方にも同じで、思いがけない反応に不覚にもドキッとさせられた。 「大仏…っ!?」 ぎゅうっと中務を抱き締めた。照れ隠しなのかもしれない。相変わらず発熱したような体。 赤くなった耳朶が目について、舐めてみた。 「ひゃ…ぁっ!!」 外耳を甘噛みしながら、ズボンの釦を外しファスナーを下ろす。先程より硬度を増して、刺激を待っているようだ。 「やっ…あっ…あぁっ…!! だ、め…っ、やだぁ…!!」 「何が嫌なんだ」 「あ…っ!」 中務は耳が弱いのか。 仰け反った隙に、ズボンと下着を膝までずり下ろした。手が届かなくなったら足で押して足首まで下ろす。 中務の下半身が露になる。竿が天を向いた。 「み、みんなよぉ…」 「いいじゃないか。減るもんじゃなし」 羞恥から脚で隠そうとしているのを、俺の脚を絡ませて無理矢理広げた。 太股の内側についた先走りがてらてらと光に反射する。こっちの方が恥ずかしいんじゃないか。 「おさらぎぃ…」 急かす、甘美な呼び声。 体の奥に侵り込んで、理性を乱そうとする。 ――まだ、そっちには行けない。 「なんだ、中務」 「もっと…声…っ、欲しい…」 限界が近いのか、形振り構わず、だが従順に云いつけを守る中務が素直に可愛いと思えた。 『声』だけで。 俺の『声』だけで。 「…大胆じゃないか」 笑みを零した。それに応えるように中務が体を震わせる。 「中務」 「はぁ…っ、あぅ…っ!!」 片手で太股の内側を撫でる。乾き始めている先走りを伸ばすように、尻の方に手を這わす。 「そんなとこ…っ、あぁ…っ!!」 もう片方の手で首筋を撫でた。体が撥ねる。 上半身も弄りたい所だが、ここは我慢しておく。 「や…っ、話、ちが…っ!!」 「俺が好きでやってるんだ。気にするな」 「んぅ…っ!!」 耳の穴の周りを執拗に舐める。ぴちゃぴちゃと音を響かせるように。 嬌声に竿がプルプルと揺れる。先走りにコーティングされて、まるでゼリーを塗ったフルーツ菓子のようだ。 「んぁ…っ、や、だ…っ!! やだぁ…っ!!」 太股の付け根に触れる。袋を軽く揉んだ。先走りに濡れて滑る。 「おさ、らぎ…っ! 大仏…っ!!」 中務が身を捩って逃れようとしているが、両腕を拘束し両脚は絡め取っている為、片腕で容易に動きを封じれた。 「…朝臣」 低く優しく穏やかに。 「ず、ずるい、じゃん…っ、それっ…!」 「泣くなよ」 気が抜けきったように中務は寄りかかる。 上半身を押さえつけた手で中務の頬に触れた。一筋の水の流れを掬う。嗚咽が洩れた。 「うぅ…っ、だれの、せいで…っ」 「分かったから、すまなかった」 ――何をやっているんだ、俺は。 こんな事をして何になる。 そっち側に行きたい訳じゃないのに。 「いいから、もっと…っ、よんで…」 求めているのは俺の方なんだ。 繋がりたいんじゃない。ただ見てみたいだけなんだ。 優しくしたら。冷たくしたら。怒ったら。褒めたら。抱き締めたら。囁いたら。名前を呼んだら。 求めているのは、反応。 「朝臣」 つくづく俺は中務に甘いと思う。 求められれば与えたくなる。泣きつかれれば手を差し伸べたくなる。 それ程頼られている。それ程愛されている。所以が解らず戸惑うが、同時に温かくこそばゆかった。 生まれついて“普通”を知らない。だから惹かれたのかもしれない。 何のしがらみもない“普通”の高校生。当たり前に遊んで、当たり前に悩んで、当たり前に生きていく。 だからこそ、反応が楽しい玩具。 「あ…ぁっ!! ふぁ…っ、も…、ぁっ!!」 再度限界が近づき、余裕のない高い嬌声。 煽られる。――仕方ないから、流されてやるよ。 「っ、おさらぎ…? …っ!?」 中務の頬に手を添えて、こっちに向かせる。熱に浮かされたような、涙に潤んだ瞳とかち合った。頬に涙の跡が残っている。 躊躇なく唇を俺のそれで塞ぐ。薄く開いていたそこから舌を這わし、歯をなぞる。 遠慮がちに触れてきた舌を絡ませ合って、何度も吸いつく。唾液が混ざり合い、隙間から滴り落ちた。 「はぁ…っ、ばか…これじゃ…っ、んっ…」 ――『声』が聴けないじゃん。 言葉を遮って、一度放した唇に噛みつく。逃れようとする頭を片手で押さえた。奥に縮こまる舌を探るように掻き回す。 観念したのか、大人しく絡ませてきた。くちゅくちゅと水音が部屋に響く。時々吐息が洩れ出た。髪を撫でる。 未だ萎えずそそり立つ竿をやんわりと握る。ビクッ、と中務の体が撥ねた。だが抵抗はない。 先走りに掌が濡れる。親指で竿の先を擦ると、また先走りが溢れ出た。動作の一つ一つに反応する体。 下半身に意識が漫ろになって、中務の唇が動かなくなった。こうなると詰まらないから唇を放してやる。 「は…っ、あぁ…っ!! やめっ、やぁ…っ!!」 口で嫌がる割にはビクビクと体を強ばらせ、寧ろ悦んでいるように見えた。顔を耳まで紅潮させ、快楽に打ち震えている。 これで本当に止めたら泣くクセに。 「ぅ…あっ、あっ…!!」 竿の先に軽く爪を立てる。先走りを押し出すように指で揉む。 顎に舌を這わせたらそっぽを向かれたから、首筋を舐めてやった。汗の味がした。 緩急をつけて竿を上下に扱く。滑りはよく、動かす度に卑猥な水音が立った。 「ぁあっ、は…ぁっ、く…っ、んんっ…!! だ…めっ、あ…っ、い、く…っ!!」 ひたすらに追い立てていく。痙攣したように体が震えて、勢いよく放たれた熱を掌で受け止めた。 「…早漏」 ボソリ、と嘲りを含んで呟いた。肩で息をしていた中務が泣きそうに呻る。 拭く物を探して部屋を見渡した。手が届きそうで届かない位置にあるティッシュの箱を見つける。 絡ませていた脚を解いて箱に手を伸ばす。 「大仏…」 掠れて酷く疲れきった中務の声に、ゾクリ、と総毛立つ感覚に襲われた。開けてはいけない重い扉を少し開けたような、そんな背徳感。 動揺を押し隠し、中務の目の前で精液に塗れた手を拭く。 「なんだ?」 「これ、外してください…」 弱々しくそう云うと、拘束している腕を僅かに動かす。そういえば忘れていた。 拭き終えてからベルトを外してやる。腕を前にやり大きく伸びをして、中務は赤くなった緊縛痕を確かめるように撫でる。 「…大仏はさ、」 中務はティッシュを取って、先走りと精液で濡れた部分を拭いていく。随分と冷静じゃないか。 好き合ってもいないのにこんな事されても、平気だと云うのか? 「ぼくの事…さ、」 ――好きなの? 歯切れの悪さに、つい問いかけを想定してしまった。中務が今どんな顔をしているのかは窺い知れない。 だがこれだけは、はっきりと云える。 ――愛してなんかいない。 「好きじゃないじゃん?」 …そう来たか。 裏切られた気分になった。その問いかけには、はっきりと答えられなかった。 好きではなかったら家には上げない。『友達』だなどと云わない。手助けなんてしない。 そういう理屈からいくと、“好きではなかったら、こういう事はしない”となるだろうか。 …やはり、それは間違いだ。そもそも意味の解釈が大きく違う。 「………」 だんまりを決め込んだ。考えたくなかったのかもしれない。認めそうになるから。 誰よりも優先にしたいなどと。 誰よりも幸せになってほしいなどと。 「…風呂、入ってけ」 中務が小さく頷いた。心底向かい合ってなくて良かったと思う。…今の俺を見られたくない。 暫らく気が滅入る日々が続きそうだ。 |
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