とっぷりと日が暮れた森の中。パチパチと爆ぜる焚き火の温もりに肌寒さを紛らわす。透き通った虫たちの鳴き声に耳を傾け、ゆらゆらと儚げに踊る炎を見つめる。
 薪を火に投げ入れる。人の気配がして、テントの方へ視線を動かした。
 行動を共にしている内の一人の少年と目が合う。気恥ずかしそうに毛布を抱えていた。
 声をかける。あの頃と変わらない声音で。

「どうした? 眠れないのか?」
「…うん。 隣、いい?」

 微笑みかけると、少年は焚き火の前に座り毛布を背中から被った。炎が翻る。
 空いた少しの距離。手を伸ばせば、触れられるような。

「初めてなんだ、こういうの」
「ん?」
「僕、街から出たこと、なかったから」
「…そっか」
「君が羨ましい」
「…え?」
「色んな場所に行けて、強くなれて」
「そんな事……ねぇよ。 俺だって…」
「………」
「………」

 久方ぶりの再会は望んだ形ではなかったが、嬉しくなかったと云えば嘘になるだろう。人も街も随分変わった中で、ただ一人は背丈が伸びていたとはいえ変わらぬ雰囲気、双眸、性格でいて。
 どれだけ安心したか、少年は解らないだろう。

「この試験が終わったらさ、」
「うん」
「お前は、どうするんだ?」
「家に戻るだけ、だよ。
 家を継いで、もう二度と旅には出られない」
「…それでいいのか?」
「しょうがないよ、長男だから」

 炎の中の炭化した木が崩れた。ざわざわと木の葉が擦れる。
 突如、強い風が吹く。小さな悲鳴を聞いて少年を抱えた。炎は吹き消されそうになりながら煽られる。虫たちの声は大きく靡く森に掻き消された。
 風が止む。何事もなかったかのように、森は静寂を取り戻した。ゆらゆらと儚げに踊りながら爆ぜる炎。透き通った虫たちの鳴き声。
 少年から腕を離す。

「平気?」
「びっ………くりしたぁ」

 黙って見つめ合ったと思ったら、その内声を出して笑った。なんだか懐かしくて、涙が出そうになる。
 戻ってきたのだと、強く感じた。

「…もっと、くっついていい?」
「おう、ドンドンくっつけ」

 今夜は一段と冷え込む。
 冬がやって来たのだ。

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旅の途中、森の中で野宿。












































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真冬の光 / THE BACK HORN
今度差し替えます。











































「馬鹿か、あんたは」

 怒りを通り越して呆れてしまった。溜め息と共に吐き出された言葉は、石壁に反射して夜の闇に溶け込んだ。
 云われた本人は動じる事なく涼しげに微笑んでいる。この状況をわかっているのだろうか。

「なんで嘘をつかなかったんだよ。このままじゃあんたは…」

 云いかけて息を飲んだ。
 最悪の事態だけは避けたかった。想像もしたくなかった現実が今、眼前に迫っている。

「…良いんだよ。僕がそうしたかったんだ」
「あんたが良くても、残された俺たちはどうなるんだ!?」
「大丈夫さ、君たちなら」
「駄目だ!! 今からでも遅くないだろ、嘘だって言えよ!!
 全部作り話だったって…」

 細められた目の奥の厳しい光に見つめられて、立ちろぐ。

「僕は、間違ったことを言ったかい」

 迷う事はなかった。首を横に振る。
 本当は分かっていた。ずっと一緒に居たから。ずっと見ていたから。

「…うん。僕は間違ったことは言ってないし、法に従っただけ」

 ――だから、泣かないで。
 優しくて生真面目で正直者で。教える事が好きで危なっかしくて不器用で。
 掛け替えのない恩師で――愛しい人。
 もう二度と、この胸には抱けない。

「馬鹿か…あんたは…っ!」

 光の粒と共に押し出された言葉は、夜の帳に乗って云わずとも伝わっているのだろう。
 当の本人は相変わらず涼しげに微笑んでいて、それが眩しかった。

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高○晋作×吉○松陰と云い張ってみる。










































 ユスラ・タイムズ ユスラ東部版 10月×日付の朝刊
 “謎の発光物体 小麦畑に落ちる”
 “隕石か 他国の陰謀か”
 ――昨日×日、シトロ州北部の小麦畑に謎の発光物体が落ちた模様。およそ50kmに渡って被害を与えたとされる。昨日の流星雨や目撃されている謎の二人組との関係は如何に。政府は未だ調査や対策を講じずにいる。
 ――農家のAさん(56)の証言『空見てたら物凄い音がしてよ、星が落ちたーって言うから慌てて外出たんだわ。そしたらあっちのジョンさんの畑がエラいことになっててよ。エラいこっちゃエラいこっちゃ、ってやってたら今度は変な二人組に刈り入れ前の畑を焼かれちまった。もう怖くて命からがらここまで逃げてきたんだ。今は牛のメリーが心配で心配でな』


「隕石、ねぇ…」

 一通り読み終わってバサッとテーブルに新聞を置く。先程後見人である新聞社の編集長が置いていった物だ。
 ユスラの中心部にある新聞社のビル。その中を通って二階に上がると、そこには小さな事務所がある。『アリス探偵事務所』と看板を掲げているその部屋は、絶好の立地に反してひっそりと存在していた。
 椅子に腰かけた少年はカップに口を付けた。リビング兼応接間にコーヒーのような匂いが立ち込める。
 寝室の扉が開く。少年が其方を向いた。

「やぁ、おはよう」
「ん…早いな…、アリス」
「キミが遅いんだよ、ロイド」

 アリスと呼ばれた少年は悠々と足を組み直した。テーブルの上には朝食を終えた食器と読み終わった新聞が乗っている。ふんわりとした短い金の髪と大きな蒼い瞳。
 ぱりっとしたカッターシャツに三部丈程のズボンをサスペンダーで吊っている。素足を覆う今日のニーハイソックスは黄色と水色のボーダー。ホルスターをベルトに挟んで提げている銃が不釣り合いだった。
 ロイドと呼ばれた少年はどかりと向かいの椅子に座った。本来真っ直ぐな銀髪は寝癖が目立ってボサボサだ。まだ眠気眼な瞼の奥の瞳は、紅玉のような赤。
 皺だらけのカッターシャツを大きすぎてサイズの合っていないズボンの中に入れてベルトで固定している。そんなだらしのない格好の中で、背負ったホルスターから覗く二つの銃身は異質だった。

「なんだ、これ…」
「新聞」
「…見りゃ分かる」

 ロイドは新聞に手を伸ばして広げると、一面に目を通し始めた。赤い瞳が伏せられ、長い睫毛が文字を追う毎に震える。
 その間にアリスはカップの中身を飲み終えて立ち上がった。食器をまとめて両手に持つと、流し台に置く。
 棚から新しい食器を二枚取り出して、一枚には大きめに切られたバケットを二切れ、もう一枚にはフライパンの中のハムエッグを乗せる。
 両手で朝食が乗った二枚の皿とフォークを持っていくと、ロイドは新聞を折り目に沿って畳んだ。

「面白い記事だろ?」
「…こんなゴシップが、か? アイツも飽きないな…」
「ゴシップじゃないさ」

 その声音にロイドは訝しみ、ハムエッグに突き刺そうとしたフォークを止めてアリスを見た。二つのカップにコーヒーらしき黒い液体を注ぎながら、アリスは微笑する。

「キミは考えたことないの? この世界のこと」
「…ないな」
「ハハ、らしいや」

 湯気立つカップを持って、アリスは椅子に座る。片方をむっとしたロイドの皿の横に置いた。

「考えたって、ムダだろ」
「いいんだよ、ムダでも」

 溜め息を吐いて、ロイドはフォークでハムエッグを二つ折りに突き刺した。なんで呆れるの、とアリスが目を瞬かせたが、無視して齧りつく。
 相変わらず何故そんなにも楽しそうなのか、ロイドには理解できなかった。

「――例えばだけど。
 “壁”は何のためにあるのか。なんで区切られなくちゃいけないのか。外には何かあるのか」
「…あるだろ、他の国が」
「そうじゃなくてさー」

 アリスは脱力して肩を竦めた。ロイドはハムエッグを半分程食べて皿の上に置くと、今度はバケットを一つ手にして口に頬張る。

「――なんで“ギルド”が貿易を牛耳る必要があるのか」
「…仕方ないだろ、他のヤツらじゃ“壁”を渡れないから」
「ホントに? そう思う?」

 咀嚼したものを飲み下して、ロイドは顔を上げる。目に映ったのは、瞳を輝かせたアリスの微笑みだった。
 アリスはカップをテーブルに置いて片肘をつくと、その手の上に頬を乗せてロイドを見つめていた。居心地が悪くなったロイドが目を逸らす。

「“壁”は何もかもを通さないワケじゃない。空気を通さなきゃ生き物は殆んど死滅してるし、水を通さなきゃ海も死んでる。
 空気も水も動植物も、何の影響ないのに、人間は通れない。…まるで出さないようにしてるみたいに」
「…何が言いたいんだ?」

 バケットを一つ食べ終えると、ロイドはフォークを掴もうとして空を切った。アリスが横取りしたのだ。
 齧りかけのハムエッグを一口食べて、アリスはもごもごと答えた。

「“箱庭”、なんじゃないかな」

 訳の分からない返答にロイドが小首を傾げる。アリスはフォークを皿に戻すと、カップに口を付けながら体を背もたれに預けた。そして話を続ける。

「“ギルド”がボクらを監視してて、何か試そうとしてる。目的とかは分かんないけど…これは大規模なマウス実験なんだよ。
 “隕石”はその試行の一つ。ボクらがどう反応して行動するか…見て楽しんでるんだ」

 蒼い真剣な眼差しに射られて、ロイドはハムエッグを食べる口を止めて息を詰める。卵の黄身が喉に軽く詰まった。
 暫しの間があって、アリスはふっと口許を緩めると脚を組んだ。

「――なーんてね。SFチックだった?」
「…面白い本でも見つけたのか」

 ゴホッ、と咳をすると、ロイドはカップに口を付けて流し込んだ。

「ま、そんなとこさ」

 アリスは壁掛け時計を一瞥してからカップの中身を飲み干して、椅子から立ち上がった。

「じゃあ、ボクは出かけるから」
「…何しに」
「情報収集」
「…オマエ、今受けてる依頼どうするんだ」
「だいじょーぶだって。刑事さんもそれどころじゃないと思うし」

 それはオマエのせいだろ、とロイドは云いかけて口を噤んだ。
 掛けてあったトレンチコートに腕を通して、アリスは頭にハンチング帽を被る。

「あと、シンシアと買い物の約束もしてる。ロイドも…来ないか」
「…ああ」

 銀髪に紅い瞳をした人間というのは居なくもないが、アリスたちの生活範囲内にはロイドしか居ない。故にロイド自身が人目を気にして昼間に外出する事があまりなかった。元々引き篭る質なのでもあるが。
 アリスは綺麗な見た目なのだから連れて歩きたいと思っているのだが、言葉にはしない。

「じゃ、いってきまーす」

 年相応の晴れやかな笑顔で、少年探偵は事務所の扉を開けた。インクの匂いが洩れ漂う。ロイドも僅かに頬を綻ばせた。
 すりガラスが揺れて扉が閉まる。バタバタと足音が遠ざかる。アリスが居なくなっただけで、事務所は一気に静けさに包まれた。
 一人で賑やかだな、と息を吐いて、ロイドは残りのバケットを千切ると口に放り込む。
 聞き慣れない足音が近づいてきて、嫌な予感に眉を顰めた。よりによって探偵が居ない時に来るなんて。そこですれ違っただろうに。
 バケットを飲み込んで、今度は盛大に溜め息を吐いた。これから高くなる陽の光が柔らかく差し込む。
 足音が止まって、ノックにすりガラスが揺れた。

「すいませーん、依頼したいんですけどー」


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某SNSのワールドシェアリング企画にて投稿させていただきました。










































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